いすゞ ピアッツァ

動画は準備中です。後日追加されます。

ピアッツァの物語

1981年——ピアッツァ(JR130型)の物語はここから始まる。

*形式名:JR130(NA車)、JR120(ターボ車)1978年、117クーペの後継モデルを計画していたいすゞは、イタリアのデザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロにそのデザインを依頼した。ジウジアーロは翌1979年3月、1970年台初頭から手がけてきたデザインの”Assoシリーズ”(1973年「アッソ・ディ・ピッケ(Asso di picche=イタリア語でスペードのA、アウディ80)」、1976年の「アッソ・ディ・クアードリ(Asso di quadri=ダイヤのA。このデザインカーの寸法を拡大し、細部にリファインを加えた「いすゞX」が1979年の第23回東京モーターショーに出品されたのち、その1年半後の1981年5月に「ピアッツァ」のネーミングで商品化された。

もし出会えたなら、その個性にきっと惚れ込んでしまうだろう。